2009 |
02,27 |
幼い頃の記憶は、歳をとるにつれ薄れていく。どうでもいいことから、どんどんと。
けれど僕の中で、その記憶だけはいつまでも鮮明で、まるで昨日のことのように思い出せる。
もし僕が記憶をなくしても、この思い出だけは消えないだろうと思ってしまうほど。
それはルルーシュと出会って、間もない頃だった。第一印象は最悪で、その頃もまだ彼を理解できていなかったが、ルルーシュをからかうことの面白さや妹のナナリーの存在もあり、学校の友人を差し置いて毎日二人の暮らす土倉へ足を運んでいた。
「おいルルーシュ!!」
「なんだスザクか、静かにしてくれ。今ナナリーが寝てるんだ」
スザクが大きな扉を開けて興奮気味に、そこにいるはずのルルーシュに話しかけると、話しかけられた当の本人は冷静に言った。
そういえば夜だった、とスザクが思い出したように言ったのは、興奮して早くルルーシュに伝えたくて走ってきたからだった。
ルルーシュはスザクの言葉を聞くと目を丸くして、ため息をついた。
「昼か夜かも見分けがつかないのか、呆れたな」
「ちげぇよ!ちょ、ちょっと周りを見なかっただけだ!」
「同じようなものだろ。それより、用は?」
「ああそうだった!今日は星が綺麗なんだ!一緒に見に行こうぜ」
そう言うと、ルルーシュは一瞬目を輝かせた。
「星か…」
「なっ!見に行こうぜ!」
「でもナナリーが」
ルルーシュは寝ているナナリーを見遣り首を振った。行けない、と小さく首を振る。スザクもナナリーを見て、呟く。
「そっか、そうだよな…。…なら、ここから見よう!」
「ここから?でも窓なんて」
ルルーシュたちの家もとい土倉には、子供が遙か見上げるくらいの位置にある小さな窓しかなかった。
眉間に皺を寄せるルルーシュを、スザクは満面の笑顔で見た。
「窓なんか、作ればいいんだ」
そう言ってスザクは大きな扉へ向かう。思い扉を、片方、もう片方と大きく開き固定すると、そこには闇に浮かぶ幾千の星が現れた。
「まだ少し寒いけど、ちょっと我慢して」
扉を開け終え振り返ったスザクが見たのは、目と口を大きく開け、夜空を見上げるルルーシュの姿だった。
その表情に、スザクは胸がいっぱいになるのを感じた。
「な!綺麗だろ?」
「ああ、とても…ナナリーにも見せたいな」
ルルーシュはちらりとナナリーを見、眉を寄せた。
「見えてるよ。だって、ルルーシュも俺も、ナナリーの目なんだから」
ルルーシュはスザクの顔を見て、微笑んだ。
何年経っても忘れやしない。互いの立場が変わっても、忘れられない。
決して薄れることのない記憶。
僕はルルーシュの微笑みを見て、僕らの出会いが間違いではないことを知った。その微笑みは、僕が作り僕だけに向けられたものだと。
綺麗な思い出と共に蘇るのは小さな醜い、独占欲だった。
それでも僕はこの思い出を、何よりも大切に思う。僕らが離れても、思い出は綺麗なままだから。
部活帰りに見上げた空には、あの日と同じように闇に包まれていた。けれど星は見えない。
前を見ると、遠くに見間違えることのない背中とオレンジ色の揺れる髪の毛がある。
僕が決してたどり着けない、いることの許されない、彼の隣。
アメジストの瞳は、どのように彼女を見つめているのだろう。
あの綺麗な思い出のように微笑んでいなければいいと思った。
2008 |
12,15 |
泣き顔、怒った顔、拗ねた顔、そして輝くような君の笑顔を
息苦しさで目が覚めた。
目を開けると大きな扉と傍らで控えめに積まれた書類が視界に入ってくる。ここはブリタニアの宮殿なんだと、ルルーシュは実感した。
「殿下」
名を呼ぶのは、騎士のスザクだった。その声色は、冷たい。
「すまない、うたた寝をしてしまった」
「いえ、勝手に失礼してすみません。呼びかけたのですが返事がなかったもので」
「いや、いいんだ。それで用は?」
「用は…」
スザクは用件を話し始める。その口元をぼーっとみながら、ルルーシュの頭は違うことを考えていた。
「以上ですが、どういたしますか」
「構わない。ジェレミアにでも任せておけ」
そう言うと、スザクは頭を下げ、小さな声でイエス、ユアマジェスティと言う。顔を上げたスザクは、書類に手をつけようとするルルーシュの左手に自分の右手を重ねた。
「さっき、なに考えてたの?…うなされてた」
ルルーシュはスザクの手の上に再び自分の右手を重ねて言う。
「なにも。なにも考えてないさ」
「…そう、あまりご無理なさらぬよう」
「ああ、ありがとう」
身を翻したスザクの背中をみながらルルーシュは笑った。
考えるまでもない。
彼女の太陽のような笑顔をなくした罪はいつでも背負っている。
2008 |
11,18 |
初めての友達だった
初めての親友だった
初めて愛した人だった
初めて殺したいほど憎いと思った人だった
初めて心から幸せを願った人だった
僕の生きているという証、理由、感情の元にはいつもいつも君がいた
愛するのも憎むのも、君がいたから
この世界のどこかに君がいると知って僕は感情を持った
ルルーシュ、
君のいない世界はこんなにも寂しい
僕の心はいつも空っぽだ
ルルーシュ、
人々が望んだ明日はこんなにも冷たい
それが僕への罰だとしても
2007 |
03,09 |
«屯所にて»
旦那が今まで屯所を訪れた回数は一度や二度ではない。副長に会いにきたり、姐さんに殺されかけた近藤さんを届けにきたりと目的は様々だ。前者の場合は長時間滞在するが、後者の場合茶を出すと言っても大体すぐに帰ってしまう。なぜ、“大体”かと言えば副長がいるときは決まって長居するからだ。
今回旦那は近藤さんを運んできたが、副長がいたので随分長くいる。
副長は隠しているつもりらしい二人の関係から考えると、今この時間ナニをいたしているかもしれない・・・という恐れはなく、客用の部屋からぎゃあぎゃあと騒ぐ声が絶えない。そのうるささに隊士の多くは辟易しているようだ。
「おい、山崎」
「なんですか?沖田隊長」
「アイツを斬ってくらァ」
沖田隊長が刀を抜きながら向かおうとした先は、副長と旦那のいる部屋だった。
「ちょっと沖田隊長ォォ!!?」
「止めるな、山崎。あいつら静かにさせねーと俺の腹の虫が治まらねェ」
危険を察知した何人かの隊員と協力して沖田隊長の体を押さえていると、一部屋の襖が開く。
「いい加減ゴリラに首輪つけとけよ、連れてくるこっちの身にもなれってんだ」
「テメェのとこのメスゴリラも鎖で繋いでおけよ、毎回殴られる近藤さんの身にもなってみろ」
沖田隊長は俺達がいるのと反対側に進んでいく二人を見て、いきなり前に引っ張る力を緩める。後ろでばたっと音がしたので何人かの隊士は倒れてしまったようだった。
二人の言い争う声は、多分旦那が屯所の門をくぐり外に出るまで続いたと思われる。
帰ってきた副長は疲れたように局長が眠る部屋に入っていった。
実は二人が見えなくなったあと、斬りにいく理由を無くした沖田隊長は自室に戻っていったので、今この広間は平和そのものだ。
少し経って、局長のいつもの豪快な笑い声が響いた。
――今日も江戸は平和です
2007 |
02,03 |
誰も気付かない。いや気付かないほど記憶に残っていないから、風化するんだ。
猫にも忠誠心とか戻るべき場所は存在する
将軍が亡くなった。後継者はいない。天人に侵略されつつも、形だけとはいえ人間が治めていた地、日本はそのときついに、人間の手から離れていった。
驚くことではなかった、予想できたことだったからだ。将軍の身体は弱く頻繁に床に臥す、継嗣もいないということが公になると、将軍家や幕府は養子を迎える力すら天人に奪われた。大衆も文句を言わない。最早抵抗する気力がなかった。
将軍制度を廃止して、内閣制度にしようと声高に叫んだのも新政府で力を持った天人だった。誰も疑問を持たなかった。天人が権力を行使することが、当たり前になっていたからだ。
結局その制度が確立されたが要人はほぼ天人。それを見ても大衆は無関心だった。裏で行われていたことが正当化され大手を振って行えるようになった、それだけだったからだ。
力を持った天人はまず、人間の権力や立場を奪った。妥当な判断だ。独裁体制を築くには他の者の権力を奪うのは、初歩中の初歩。そうして幕府の管轄に置かれていた人間は全て解雇され、変わりに天人が雇われた。