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思いついた妄想をつらつらと・・・
2025
05,29

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2007
02,03
 物事が風化していく、それは本当に自然に行われる。
 誰も気付かない。いや気付かないほど記憶に残っていないから、風化するんだ。

猫にも忠誠心とか戻るべき場所は存在する

 将軍が亡くなった。後継者はいない。天人に侵略されつつも、形だけとはいえ人間が治めていた地、日本はそのときついに、人間の手から離れていった。
 驚くことではなかった、予想できたことだったからだ。将軍の身体は弱く頻繁に床に臥す、継嗣もいないということが公になると、将軍家や幕府は養子を迎える力すら天人に奪われた。大衆も文句を言わない。最早抵抗する気力がなかった。
 将軍制度を廃止して、内閣制度にしようと声高に叫んだのも新政府で力を持った天人だった。誰も疑問を持たなかった。天人が権力を行使することが、当たり前になっていたからだ。
 結局その制度が確立されたが要人はほぼ天人。それを見ても大衆は無関心だった。裏で行われていたことが正当化され大手を振って行えるようになった、それだけだったからだ。
 力を持った天人はまず、人間の権力や立場を奪った。妥当な判断だ。独裁体制を築くには他の者の権力を奪うのは、初歩中の初歩。そうして幕府の管轄に置かれていた人間は全て解雇され、変わりに天人が雇われた。

 
 俺たちの居場所も、それらの部署のひとつだった。真選組という天人が統治する世界には無用である部署は、全員解雇と共に消滅させられた。無論、職にあぶれた隊士の者たちの多くは、決起すべきだと刀を持って新政府に戦いを挑んだ。昔のように刀だけを持ち勝ち目のない戦いを挑む様子は、さながら攘夷戦争時代のようだった。銃や大砲もあったがそれらを使わなかったことから、単に彼らが死に場所を求めて蜂起した事が伺える。何度も共に死線を越えてきた彼らを失うのは、心が痛んだ。いっそ彼らと共に死んでしまえばよかったのかもしれないと今でも思うことがある。
 俺が、その仲間に入らなかったのは単純な理由だった。近藤さんを守るのが、俺の役目だったからだ。元真選組局長という立場は狙われやすい。以前の天人と人間の繋がりを深く知る人物だから、暗殺者が回される危険も高かった。俺の役目は近藤さんを守ることだったし、その近藤さんが危険に晒されるのであれば、命を賭してでも守ろうとするのは至極当然だった。
 近藤さんは、そんな俺を見ていつも笑っていた。

『悪いなぁ、トシ。本当はお前も往きたかったろうに』

 その度に俺は、首を振った。近藤さんの側にいて近藤さんを守ることが俺の役目なんだよ、と。
 近藤さんは、どんどんやつれていった。相変わらず大きな声で笑うし、人を最優先するし、長所を発見する目は健在だった。けれど、食事の量が少なくなった、頬がこけてきて逞しかった身体は、どこか頼りなくなった。きっと心労のせいだろう。多くの仲間を失ったことへの罪悪感だ。俺はなんとか食べてもらおうと料理の研究もしたし、出来るだけ近藤さんにストレスを感じさせない環境を作ろうと努力した。俺の研究も努力も上手くは行かず、近藤さんの食事の量は減っていくばかりだったけれど、それでも近藤さんは笑っていたから、俺は彼を守ろうとした。最早、彼を守ることが俺の生きる理由になっていた。

 桜並木が綺麗な頃、天人と人間がごちゃごちゃになって行き交う街は、雨雲に包まれていた。俺は、灰色の空の中、桜色が雨に打たれしなる様子をじっと見ていた。腰掛ける場所がなかったから、近くの大木の下に坐った。花弁をつけた桜の木は雨宿りにもならず、坐った地面はべっしょりと濡れていて、上を見ると、花と花の隙間から、空が見えた。
 朝から雨が降っていたのに、俺は傘を持ってこなかった。たまに並木道を通る人はびしょ濡れになっている俺を心配そうに見遣るか、もしくは狂人を見る目つきで少し離れて行った。どちらにしろ、声をかけてくる人はいなかった。当たり前だ、何もかも濡れた奴に、誰が話しかけるか。平日の昼間から満開の桜の木下で雨に打たれる真っ当に働いていなさそうな人間に、誰が話しかけるか。狂っていると、決め付けている。
 けれど、それが真実で、それが世を渡るための最善の方法だ。誰も話しかけてくるまい。俺にしても、その方が好都合だった。

「おにーさん、なにやってンの」

 絶え間なく俺に降り続いていた雨が、急に止まり、代わりにバチバチと何かに当たる音がした。顔を上げると、真っ赤な生地が張られた傘と銀色の骨組みが見えた。同時に、あちらこちらに飛んでいる柔らかそうな髪の毛も。そういえば随分会っていなかったなぁと、心の中で数えてみた。会って最初の方は俺たちもうるさく言い合っていたが、徐々に会話が減っていって、会っていたけれど会話がないこともあったから、いつから会っていないなんてはっきり区別できないことに気付いた。気付いて面倒になって、数えるのをやめた。

「まるでダルメシアンなおにーさん、略してマダオ」
「どこかダルメシアンだ、あんなブチブチじゃねぇーよ」
「白じゃねェけど、黒とピンクでブチブチになってる」

 顔は見なかったけれど、声は笑っていた。指差されて、その先に素直に目線を遣ると、真っ黒な服の上に濡れて萎れた桜の花弁が何枚か乗っていて、言われて見れば、ある意味ブチブチかもしれなかった。傘を持った男はしゃがんで、俺の目線に合わせた。

「お前が猫だったら、そっこーお持ち帰りだったのに」

 やっぱり顔は見なかったけれど、笑っていた。

「俺が猫でも、お前なんかからは逃げるだろうよ」
「そうだよなー俺の魅力は多串くんの目から自動削除されちゃうもんな」

 もったいないなぁ、そう言って男は立ち上がった。同時に今まで遮られていた雨が俺の身体に当たりだした。ほんの少しの間、人間が側にいて無意識に温かさを頼りにしていたらしい俺の身体は、少し震えた。真っ赤な傘が俺の前を横切る。真っ赤な傘が通り過ぎて行くと、俺はそれを目で追った。いつぞやに見た奴と、同じ背中だった。ただ、白い着物の背中部分は雨に濡れて少し肌色になっている。俺に傘を掛けたせいで濡れていたんだろう。馬鹿な奴。きっと肩も濡れているんだろうなと考えて笑った。前を通るときに、俺の目に入ったのは真っ赤な傘の石突と、黒いブーツだけだったから。馬鹿な奴。俺に関わらなければ、猫を拾おうなんざ思わなかっただろうに。いつまで経っても、どんだけ会わなくても、馬鹿は馬鹿なんだと、また笑った。
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