2006 |
09,17 |
«意地っ張り»
イルカ先生の部屋には何もない。
おれの部屋も、よく殺風景とは言われるが、この部屋は殺風景を通り越している。
でもおれは、この部屋が好きで、よくこの部屋でのんびりする。
そんなときはいつも、イルカ先生は書類にテストの答案に、とにかく仕事に、格闘している。
今日も、イルカ先生は赤ペンをもし、一定のペースで手を動かすんだ。
今イルカ先生が向き合っている答案の持ち主は、どうやらペケが多いみたい。
こんなこと言ってはなんだけど、おれはマルよりペケのほうが好きだ。
単純に、イルカ先生の手の動きが好きだから、なんだけど。
そんなこと考えながら、手に持ったイチャイチャパラダイスもそこそこに、イルカ先生の手をじーっと眺め続けた。
「あなた何してるんですか」
唐突に降りかかる声。
その声と同時に、ペンの動きは止まった。
「ああ、気にしないでください。手、動かしていいですよ」
「気になるんです、言ってください」
イルカ先生はそう言って、ペンを投げ出した。
理由を言わないと、もう動かしてくれそうにない。
「見てるんですよ」
「なにをですか?」
「動きを。おれはペケをつけるイルカ先生の手が好きですねぇ」
笑いながらそう言うと、イルカ先生は呆れたように怒ったように言った。
「・・・構ってやらないこともありません」
ビックリしてイルカ先生を見ると、耳を真っ赤にして、俯いていた。
そこで気づいた。
おれがイルカ先生の家に行くと、いつも仕事をしている理由。
どうしていいか、分からなかったんだね
二人きりでいる、この空間に戸惑って、話しかける、そのきっかけに悩んで。
近い距離にいても、実は遠い距離にいたとか、今はどうでもいい。
こうしてお互いが同じように悩んでいたことが、なぜか嬉しい。
おれのために悩んでくれていたなら、もっと嬉しい。
考えていたらおかしくなって、おれは思い切りイルカ先生を抱きしめた。