2006 |
10,09 |
«寒いね»
カカシさん、カカシさん
そう呼んだのは誰だったか、遠い昔のような気がしてならない。
今日は寒いですね
ええ、もう冬ですね
些細な会話すら、覚えているのに
ああそうだ、思い出した
----彼は遠くへ行ったのだ
「ッ、イルカせんせっ」
飛び起きて叫んだ
俺は何を見てたんだ!あれは遠い昔なんかじゃない、あの人は遠くへも行っていない!
現に彼は今、
「うるさいですよ、カカシさん」
俺の名前を呼んだじゃないか
2006 |
09,18 |
なにが原因かはハッキリとは分からない、けれどあなたは一年持つか分かりません
別にその言葉に驚きはしなかった。
忍びだし、一応死の覚悟って言うのは人よりは強く抱いていたはずだから。
けれど、今一番に考えてしまうのは、自分の死というものよりも、
いつもと同じ朝。今日はアカデミーはお休みだ。
目覚めれば隣には温かな人、“そういえば今日は子供たちの修行って言ってたっけ”と思い出してから、そっと布団を抜け出した。
隣に誰かがいてくれるなら、おれはその人のためになにかをしてあげたい。例えば今は朝ごはんだ。銀髪の彼は、強いが故に得られないものも多い。栄養バランスの整ったご飯とか。まあそんなのだけでなく、もちろん彼はいろんなものを得られず、失い、そして同じくらい得てきたはずだが。
今日のご飯は何にしよう、あまり悩む時間もないのに、冷蔵庫とにらめっこした。
そのとき、ふいに思い出す言葉。
あなたは一年持つか分かりません
急に胸が痛くなって、病院に駆け込んだのは二ヶ月前。
一年持つか分からないと、そう宣告されて、二ヶ月が経った。
幸い、カカシさんはこのことを知らない。
知られたら、全くどうなるか分かったもんじゃない。
自惚れかも知れないけれど、おれがいなくなったら、彼はきっと、・・・なんて、それはおれの願望か。子供みたいにわんわん泣く、何も手につかなくなる、ずっとおれを忘れない、なーんて。
本当を言えば、彼はなにも表には出さないんじゃないかと思う。いつもニコニコして優しい彼だって、一流の忍びだ。感情を表に出しすぎることの危険さなど、考える間もなく身に染みているだろうから。
一日に何度も何度も、死の事実を思い出すのは、死に怯えているからではない。ただ、それだけが心配だからだ。
畳の上で死ぬのが不可能に近い忍びが、今畳に一番近く存在できている。しかも、一日一日を大切に生きようと感じさせてくれるリミットつき。強がりかもしれないが、それなりに感謝している。
けれど、カカシさんを一人置いていくことに不安を覚えている。
だって、おれは心底カカシさんを好きだから。他の誰かと抱き合って、いつかは幸せな家庭を築いて・・・ようはおれのいない世界で生きていくカカシさんを、知りたくない。
「おはようございます」
おれは、ずっと冷蔵庫とにらめっこしていたらしい。
現実に引き戻されるその声に目覚めて時計を見てみれば、ゆうに30分は経っていた。
しまった、朝ごはん全然できてない。
「おはようございます、あの」
「あ、朝ごはんですか?」
「すみません!なんかボーッとしちゃって」
急いで作りますから、そう言うとカカシさんは笑った。
「今日は二人で作りましょ~」
「え?でも修行は・・・?」
「修行?・・・あぁ、あれは午後からなんで大丈夫です」
おれが覗いた後も開けたままの冷蔵庫の中を、今度はカカシ先生が見る。
サラダがつくれそうですね、カカシさんはいちいち振り向いて、おれに笑いかけた。
あなたは一年持つか分かりません
おれのいない世界を謳歌するカカシ先生がいやだったけれど、もういいです、それでも。
おれのあと一年、いや、そんなにない命が、こうして笑顔を生み出せ、その笑顔がずっと続くのなら、おれは今頑張ります。
カカシさんがずっと笑顔でいられるように、カカシさんがずっと、幸せであるように。
明日はちゃんと起きて、カカシさんのために朝ごはんを作ろう
明後日は夕飯を奮発して、秋刀魚と茄子で、染め上げよう
そのあとは・・・そのあとは・・・
・・・そうして旅立つ前日には、おれはあなたの幸せを一生懸命祈ります。
そしてありがとう、と
2006 |
09,17 |
«意地っ張り»
イルカ先生の部屋には何もない。
おれの部屋も、よく殺風景とは言われるが、この部屋は殺風景を通り越している。
でもおれは、この部屋が好きで、よくこの部屋でのんびりする。
そんなときはいつも、イルカ先生は書類にテストの答案に、とにかく仕事に、格闘している。
今日も、イルカ先生は赤ペンをもし、一定のペースで手を動かすんだ。
今イルカ先生が向き合っている答案の持ち主は、どうやらペケが多いみたい。
こんなこと言ってはなんだけど、おれはマルよりペケのほうが好きだ。
単純に、イルカ先生の手の動きが好きだから、なんだけど。
そんなこと考えながら、手に持ったイチャイチャパラダイスもそこそこに、イルカ先生の手をじーっと眺め続けた。
「あなた何してるんですか」
唐突に降りかかる声。
その声と同時に、ペンの動きは止まった。
「ああ、気にしないでください。手、動かしていいですよ」
「気になるんです、言ってください」
イルカ先生はそう言って、ペンを投げ出した。
理由を言わないと、もう動かしてくれそうにない。
「見てるんですよ」
「なにをですか?」
「動きを。おれはペケをつけるイルカ先生の手が好きですねぇ」
笑いながらそう言うと、イルカ先生は呆れたように怒ったように言った。
「・・・構ってやらないこともありません」
ビックリしてイルカ先生を見ると、耳を真っ赤にして、俯いていた。
そこで気づいた。
おれがイルカ先生の家に行くと、いつも仕事をしている理由。
どうしていいか、分からなかったんだね
二人きりでいる、この空間に戸惑って、話しかける、そのきっかけに悩んで。
近い距離にいても、実は遠い距離にいたとか、今はどうでもいい。
こうしてお互いが同じように悩んでいたことが、なぜか嬉しい。
おれのために悩んでくれていたなら、もっと嬉しい。
考えていたらおかしくなって、おれは思い切りイルカ先生を抱きしめた。
2006 |
09,06 |
人殺しが嫌で里を抜けた、
そういえば多少聞こえはいいが、実際のところは唯人が煩わしかっただけ。
命令されて、命令して、怒って殴って殺して、
あーもうどうでもいいや、って思ったときにはもう体は動いていた。
それから山奥の小さな小屋で、サバイバル生活。
幸い文明的な生活よりも、原始的な生活に慣れていたから、その生活に困ることはなかった。
でも、何か足りない。
――――人だ
里を抜けて、もう戻れなくなって気付いた。
笑い合って、励まし合って、声を掛け合える人間は、本当は大切な存在だったのだ。
そう思った矢先、人を忘れかけた殺伐とした生活の中に、一人の人間が転がり込んできた。
「はたけカカシさんですか?」
殺気を発さない、まるで何も考えていないような人。
それでも木の葉マークの額宛をしていたから、すぐに追い忍だと分かった。
けれど、正直捕まろうが、拷問されようが、もうどうでもよかったから、素直に頷いた。
「そうですけど、なにか」
「一応追い忍なんですけどね、」
モグモグと言い難そうに、口を動かした。
「・・・一緒に暮らしませんか?」
そのたった一言に驚いたのは言うまでもない、開いた口が塞がらないとはこのことだ。
どうせ里が仕向けたものだ、おれを更生しろとか何とか言って。
本当に嫌なら殺しても構わなかった。
けれどそこで再び頷いてしまったのは、人が恋しかったから。
そしてどうしてか、動くたびにピョコピョコと揺れる、その黒髪が気になったからだ。
いつ殺されるか分からない生活も、スリルがあって楽しそう。
なにより、この部屋も少しだけ、人の匂いがするようになるかもしれない。温かさを取り戻せるかもしれない。
会ってすぐなのにおれは、自分の一生をこの人に賭けてみよう、そう思った。
それから、奇妙な同居生活が始まった。
to be continue...
2006 |
08,31 |
«秋»
そういえば最近は、忍具より鉛筆を、そんな忍びらしからぬ日々を送っている。
木の葉が平和な証拠か、はたまたおれが平和な証拠か。
どちらとも言わず、明らかに後者だ。
噂では、ナルトは随分強くなったと聞く。
サクラは綱手さまに弟子入りし、サスケはきっと今頃、自分を探しているだろう。
どんな状況にあれ、みな自分の行くべき道を見つけ、それに向かって突き進んでいる。
自分の背の半分もなかった子供たちが、木の葉を背負っていく。
とても良いことなんだと思う。
それでもどこか寂しさを感じるのは、おれの我儘なのだろうか。
あの人だけは傍にいて欲しいと願うけれど、それも叶わぬ夢だと、心のどこかでは気づいている。
だってあの人はもう、随分遠いところへ行ってしまったじゃないか
みんなとともに歩みながら
「・・・よかったですね」
誰もいない職員室に虚しいほど響いた声。
まるで誰にも受け止めてもらえないおれみたいだなあと、少しだけ笑えた